効率とヒューマニズム

先日、街を歩いていたら、若者が路上ライブをしていた。わりと人が集まっていて、ライブっていう感じだった。


近年は、CD(今はダウンロード)は中々売れはしないが、ライブにはたくさん人が来る。もうデジタルなモノには、ワクワクせず飽きてしまっている証拠なのだろうか。


ひと昔前までは、レコード店でCDを買い、「大好きなミュージシャンと、どこか繋がっている」と思いながら何度も聴いていた。

 

でも今は、データの「ダウンロード→消去」も一瞬で、ワクワク感も薄く、時間をかけずに手に入れ、手放せる。


「効率化のためにモノ・手間を省きます」と最近よく耳にするが、「効率化を求めること」と「ヒューマニズム」って実は対義語だったりする。


「人に感動を与えれる人」は効率が悪いことを嫌わない。効率化を追求した機械的なサービスをするホテルマンや、ジブリ映画がミニマリストのような部屋で生み出されても嫌だろう。


「効率」は才能のない僕みたいな人間が、人並になるための手段の一つであって、「〇〇になる方法」みたいな本を買う時点で、マイナススタートなのだ。


「誰でもいいからライブに行きたいな~」って人はいなくて、「〇〇のライブに行きたい!」と、みな決めているはず。


「効率よく」「本を読め」とばかり言っている自分。


その、「〇〇のライブに行きたい!」と言われるような、「人に感動を与え、必要とされる側」になるというには、サービスに関わる人の永遠のテーマであるのは語るまでもない。


「何事もバランスが大事」という野暮な思考はここでは置いといてね。「効率とヒューマニズム」について考えながら、おはようございます。





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